
東京駅のひかりとのぞみ
電車、とくに新幹線は日本を代表する乗り物であり、諸国の要人やビジネスマンもたくさん乗車します。
旅客鉄道事業はJR各社が、高速道路事業はNEXCO各社が、沿線の通信事業はNTTやKDDIといった日本を代表する大企業が担当しています。
通信設備はNECやフジクラのようなメーカーが供給しています。
つまり、鉄道や高速道路は日本の威信がかかっている乗り物ですから改善に取り組む際の優先順位が高いのです。
実際、通信会社の内部には通勤動線や乗り物からの電波状態を改善することに専念する部署があります。
しかし、そうは言っても「新幹線って料金は高い割にWi-Fiの通信速度は遅いから不満が残る」と思う人も多いでしょう。

そこで今回は電車・新幹線やバスゆえのWi-Fiの物理的な弱点と少しの改善策を解説します。
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なぜ新幹線のWi-Fiは遅いのか
以下の理由は抜本的な改善がなかなか難しいです。
電車・新幹線やバスのWi-Fiが遅い理由
- 光回線ではないから(光回線が入っているエリアもある)
- すべての区間について5G対応が難しいから
- 車内の同時接続数が多いから
- 高速走行しているから
- トンネルのような遮蔽(しゃへい、さえぎられた)空間で電波は弱いから
- 全体的に動画の需要が増えているから(動画は下り速度も上り速度も重い)(メールやSNSなら低速Wi-Fiでも大丈夫)
乗り物内でのネット接続は大別すると、新幹線・一部特急や長距離バスの車内で使える共通フリーWi-Fiと(データ消費なし)、フリーWi-Fiを使わず個人契約のモバイルデータ通信を使う場合とがあります(データ消費あり)。
どちらをとるかで事情はちょっと違いますが、共通しているところもあります。
通信速度をいくらかマシにする方法
- 全体的に乗客が少ない列車に乗車する(東京からの東海道山陽新幹線は博多行きのような長距離タイプより、新大阪行きのような途中駅どまりのほうがまだ混雑していない)
- フリーWi-Fiと、自分が契約しているスマホ・テザリングやモバイルルーターのモバイルデータ通信のいずれも試す
- ドコモ回線、au回線、ソフトバンク回線のいずれも試す(3社共同の設備もあるから、その場合は変わりない)
- 東海道新幹線ならN700Sという車両編成の7号車・普通車指定席と8号車・グリーン車のS Work車両を利用する(Wi-Fiの通信容量がその他車両の約2倍)
- 乗り物に乗る前に動画を保存する(メールやSNSなら走行中の低速Wi-Fiでも使えるはず)

N700S東海道山陽新幹線の車体側面ロゴ(SはSupremeの略)(Supremeは「最高」を意味する)
光回線ではないから遅い
そもそもネット回線の中で通信速度が最も安定して速いのは、屋外に架かっている有線(光ファイバー)を建物内に取り込んで使う光回線です。
光回線は、自宅、オフィスビル、図書館、カフェなど固定的な場所ごとに契約・設置します。
※光ファイバーは地下に埋設されている場合もあります。
※光回線は建物内ではルーターという中継器を使うことで無線接続できますが、有線接続のほうが通信の速度や安定感は高い傾向があります。

携帯キャリアの基地局
しかし、電車・新幹線やバスは移動し続けていますから、有線を車内に直接的に取り込み続けることができません。
そこで電車やバスのWi-Fi・無線LANは移動体通信(モバイルデータ通信)といって、おもに携帯キャリアが建設・保有する基地局という施設を経由した無線接続となります。
移動体通信は携帯キャリアの基地局の圏内である限り屋外でもネットに接続できますが、光回線よりも平均的な通信速度が遅いです。
これが電車や新幹線で通信速度が遅いことの一つの要因。
光回線の通信速度は速いですから、光回線に慣れている人がそれ以外の回線を使うとどうしても「遅い」と感じてしまいます。
光回線の通信速度は一戸建ての場合、350~700Mbpsという実測値が出ます。
一方、モバイルデータ通信の通信速度は1~170Mbpsくらいと遅いです(走行中の車内だと1~70Mbps)。都市部の場合、走行速度が遅い路線のほうが通信速度は速い傾向がありますけどね。
フリーWi-Fiの事情:同時接続数が多いから
フリーWi-Fiは乗客の同時接続数が多い環境では混み合うため、通信速度は遅くなってしまいます。
光回線でも大型のマンションで夜になるとネット利用者が多くて回線速度が落ちるのもこれと同じような理屈です(一戸建ては下がりにくい)。
たとえば新幹線は16~17両編成でそれなりに混雑しているなら1000名くらいの乗客が乗っています。
こんな状況で多くの人が新幹線のフリーWi-Fiに接続したら通信速度はどうしても遅くなってしまいます。
フリーWi-Fiはだれでも簡単に接続できるだけあって、フリーWi-Fiの中で悪さをする人もいます。
そのためフリーWi-Fiに接続中は個人情報や金融機関へのログインなどは控えるべきです。
オンライン会議は通信速度的に難しいうえに盗聴の心配があるためおすすめしませんが、個室ならまだできるかもしれません。
漏えい同軸ケーブルを使っていても遅い
高速走行中の車内の乗客がネット回線について安定して高い通信速度を出し続けるのは難しいです。

側壁上部には漏えい同軸ケーブルが敷かれている
これに関して新幹線や一部特急の走行中に側壁や線路脇を見ると、上記のような黒くて太いケーブルが見えるはずです。
その黒いケーブルは漏えい同軸ケーブル(LCX)といって、ケーブル近くの外部に向かってネット接続の電波を放射する構造となっています。
要するに、漏えい同軸ケーブルの近くを走る電車はそれによってネット接続もできるわけ。
ほかにも線路近くのケーブル類としてはメタリックケーブルや光ケーブルも使われています。
新幹線は高速走行しているだけあって高速安定のネット接続が難しいものの、それでも電波を発するケーブル類と基地局の2つでなんとか通信できるようにしているのです。
漏えい同軸ケーブルは、線路脇だけでなくトンネル、地下街、地下駅、ビル地下といった基地局の電波が飛んできにくいところによく設置されています。
ほかにも通信系の設備はインフラシェアリングといって数社で共有されているものが増えつつあります。
基地局をすべて5G対応にするのは難しい
「移動体通信なら線路脇や高速道路の全区間を5G対応にすればええやん」と思う人もいるでしょう。
確かに移動体通信は4G(第4世代移動通信システム)より5G(第5世代移動通信システム)のほうが速いです。
しかし、5Gを実現するには4Gよりも基地局を小さな半径ごとに設置しなければならないように莫大な費用がかかります。

上側は4G基地局の密度イメージ、下側は5G基地局の密度イメージ(1つ1つの円は1つの基地局がカバーできる範囲を意味する)
たとえば山手線(東京の環状線)のような乗客も周辺民も非常に多い区間なら基地局は5Gだらけでも割に合うでしょう。
しかし、沿線住民の少ない地方区間でも基地局をすべて5G対応にするのは無理があります。
※新幹線は郊外~田舎の区間は高速走行するように騒音が大きいです。そういうエリアは人口が少なくて5G対応の基地局を細かく建てるには効率が悪いでしょう。
※線路近くに住む人にとって「満員電車が通ると電波が悪くなる」といわれますが、これは1つの基地局に一時的かつ大量にスマホユーザーが流れ込んできたからかもしれません(ほかの原因もありうる)。その電車が混んでいないのなら一時的な流入増が原因ではないでしょう。

高速で移動しているときほどハンドオーバーが難しい
さきほどの基地局の密度イメージをご覧ください。
電車やバスは走行しますから、自分が使う基地局は次々と切り変わっていきます。これは徒歩や自転車でも同じ。
このように移動中に自分が使っている基地局が切り変わることを「ハンドオーバー」といいます。

このハンドオーバーは、ユーザーが高速で動いているときほど技術的な難易度が上がります。高速移動だと基地局は次々と変わるからです。
つまり、新幹線のような高速で動く乗り物はハンドオーバーが難しいわけ。
東北新幹線の最高速度は約320km/h、東海道新幹線は約285km/h。特急電車は100〜160km/hが最高速度。
高速道路を走る車は100〜120km/hが最高速度。
通信キャリアはハンドオーバーの改善を繰り返していますが、それでもユーザーとしては不満が残る区間もあるでしょう。
とくに楽天モバイルのような新興企業はハンドオーバーやローミングがまだまだの区間もあります。
なお企業の担当者はみんなの通信速度への不満を検索しているため「○○~○○の区間は○○キャリアの電波が悪い」とTwitterに投稿すると、ツイートを見つけてくれて実際に改善に向けて動いてくれたりします。
こういう不具合はなるべく具体的につぶやくほうが企業の担当者にとって参考になりますよ。

トンネル・山間部や駅構内では電波が弱い
日本は山が多い国ですから沿線にはどうしてもトンネルがいくつもできてしまいます。
とくに山陽新幹線、上越新幹線の高崎~長岡、北陸新幹線の高崎~富山、東北新幹線の那須塩原以北はトンネル率が高いですね。
大都市部では地上への線路敷設が難しいため、地下化されている区間も結構あります。
トンネルの中に漏えい同軸ケーブルがあればまだネット接続できるかもしれませんが、それでもトンネルのような遮蔽空間では基地局の電波が弱まってしまいます。
駅についても電波をさえぎるモノがあったり、混雑が激しいと電波状態は悪くなります。